まだ歩けない赤ちゃんと旅行するなら、ベビーカーは「必需品」ですよね。
……と、数年前、娘がまだ1歳児だった頃、私もそう思っていました。
旅先では、何かと歩く距離が長くなりがちです。
抱っこや抱っこひもだけでは、パパやママの体力はあっという間に底をついてしまいます。
ベビーカーなら、赤ちゃんは座っているだけで見慣れない景色が目まぐるしく変わり、疲れたら心地よい揺れでそのまま夢の中……。
お土産や荷物もベビーカーに載せることができ、移動が格段にラクになります。
幸い、当時、うちの娘はベビーカーがお気に入りで、普段の散歩でもお買い物でもご機嫌で座っていたので、ベビーカーさえあれば、1歳児との旅行は9割成功したも同然だと思っていました。
そう、私たち夫婦は信じていたのです。
今回は、その思い込みが“木っ端みじん”に砕け散った、福岡県北九州市にある門司港レトロでの痛快な(?)記録をお届けします。
旅の始まりは順調…のはずだった
旅の予定は1泊2日。
門司港レトロには車で向かい、プレミアホテル門司港(当時の門司港ホテル)にチェックイン。
夕食までの時間つぶしを兼ねて、周辺散策へ。
「門司港地ビール工房」で、旅の始まりを祝して一杯ひっかけました。
妻は「ヴァイツェン」、黒ビール好きの夫は「ペールエール」。
旅先のエキゾチックな雰囲気を好む妻は上機嫌。
チーズをつまみながら、「日本なのに外国みたいだね。旅情を感じるね」なんて語り合います。
「その『旅情を感じる』って言い回しは、辞書的に正しいのかね。まあ、『旅情を感じたい』と思い、その通りに言ったのなら、旅先での心情の表現としては満点だと思うけどね」
などと、夫婦の会話も弾み。
娘はベビーカーにお澄まし顔でおさまり、明治の「アンパンマンジュース」をストローでチュッチュッとしています。
ふと窓を見ると、関門海峡をバックに、景色はどんどんオレンジ色に染まっていきます。
「これが旅でなくして何が旅なのだ」
……と、こんなクサいフレーズ、工房内の誰も言っていません。
なのに、なぜか誰かが言った気がしました。
夫が不意に「クッサいこと言いやがって」と言い放ちました。
妻は「何が?誰が言ったの?」と首をかしげたものの、さほど興味もなさそうで、それ以上の追及はしません。
そう、夫の心の声が言ったのです。「これが旅でなくして何が旅なのだ」と。
今日、この後の夕食はフグ。関門海峡と言えばフグ! 夕食までの時間の使い方としては満点です。
「今回の旅行は計画通りだ」
ビール工房を出た私たち夫婦は、フグ店までの散策を楽しみながら、言葉に出さずとも同じ思いでいたことでしょう。
しかし、事態が一変したのは、このフグ店でのことでした。
突如として始まった「覚醒ハイハイ」
フグ店は詳細を忘れてしまいましたが、「海峡プラザ」付近から少し歩いた場所にありました。
事前にネットで調べ、比較的リーズナブルにフグ料理を楽しめるお店だったと思います。
通されたのは掘りごたつ付きの個室。念願のフグ御膳です。
注文が届くまでの間、妻が娘を膝に乗せ、離乳食とミルクを与えると、瞬く間に容器が空に。
「すごい食欲だね」と夫婦で驚いていると、娘の「覚醒」が始まったのです。
妻の膝から降り、畳を猛烈な勢いでハイハイし始めたではありませんか。
これまでのハイハイとは明らかに様子が違う。リズムもスピードも、まるで別人のよう。
長旅と観光で疲れていた私たち夫婦には、娘の制御はままなりません。
娘は親のステータス状況など知る由もなく、掘りごたつに突進していく勢いで、底にいつ落ちてもおかしくない状態。
せっかくのフグ御膳だから落ち着いて食べようと個室を取ったのに、夫婦で代わる代わる娘を羽交い絞めにしないと、食事どころではありません。
「は、早く食べないと…」
この「覚醒」は翌日もとどまることを知らず、さらに勢いを増しました。
旅は「捕獲」の無限ループへ
朝食は、プレミアホテル門司港の豪華な和洋ブッフェです。
ここでは食べ物で娘の気を引き、交互に食べさせつつ、何とか食事をとることができました。
この朝食は絶対オススメ!
シェフがライブキッチンで作ってくれるたまご丼や、ご当地グルメの焼きカレーも。
さらには、ちゃっかりスパークリングワインまで楽しんだ妻が、「いつまでも朝食が終わらなければ良いのに…」とつぶやきました。
ホテルをチェックアウトした後は、お土産店が集まる「海峡プラザ」へ向かいました。
天気も良く、散策を楽しみにしていたのですが、この日の我が家にとっては鬼門となりました。
店を一歩出ると、目と鼻の先に海が広がっているのです。
娘は抱っこもベビーカーも嫌がり、床に足を着けると、すかさずハイハイを始めます。
「また始まったか」と、ちょっと目を離すと、もう出入り口に向かっているではありませんか。
お土産の品定めどころではありません。
先には海しかないんだから、捕まえるしかないのです。
海に向かう娘を捕まえ店内に戻し、買い物を再開。
しかし、娘はすぐにハイハイを再開したため、買い物を中断。
海に向かう娘を捕まえ店内に戻し、買い物を再開。
やはり娘はすぐにハイハイを再開したため、やはり買い物を中断。海に向かう……の、無限ループに陥りました。
結局、ふくのひれ酒と地ビール、焼きカレーを何とか購入。
夫婦は息を切らしたまま、「門司港レトロ展望室」に移動しました。
高さ103メートルから見る関門海峡は圧巻のはず。さすがの娘も、この高さと絶景にたじろぎ、ハイハイをやめて目を奪われることだろう……。
しかし、私たち夫婦の希望的観測は見事に打ち砕かれました。
娘は展望室からの絶景には目もくれず、業務用カーペットを縦横無尽にハイハイし続けたのです。
私たちも、眼下に広がる青い海より、業務用カーペットを見た時間の方が長かったかもしれません。
「覚醒」の真相は謎のまま
門司港レトロ旅行から10年近く経ちました。
あの日のことを思い出すと、妻は「せっかくのフグの味覚えてない」と嘆き、夫も「ひれ酒を頼んだかどうかも覚えてない」と放心状態に戻ってしまいます。
あの日、娘はなぜ「覚醒」したのか。
肝心の娘に聞いても、答えはいつも「全然覚えてない」です。
また行きたい門司港レトロ!そして赤ちゃん連れ旅行の教訓
我が家はそんな顛末でしたが、門司港レトロは範囲も広すぎず、子連れでも一泊で散策するのにぴったりだと感じました。
いつか、大きくなった子どもたちとまた行って、今度こそあのフグ料理をゆっくり楽しみたいものです。
また、今回の旅行で痛感したのは、たとえベビーカーがお気に入りでも、慣れない場所や刺激の多い環境では、子どもの行動が予想外に変化する可能性があるということです。
特に、ハイハイ期の子どもは、目の前の空間を自由に探求したいという欲求が強く、親の制止も効きにくいもの。
子連れ旅行では、あらかじめ「予測不能な事態が起こり得る」と心構えをしておくことが大切だと、身をもって学びました。
計画通りにいかないことも旅の醍醐味と捉え、ゆったりとした気持ちで臨むことが、子連れ旅行をより楽しむ秘訣かもしれませんね。
そして、安全には十分に注意を払い、子どもから目を離さないことは言うまでもありません。
あの時の「覚醒ハイハイ」が、娘にとって初めての「冒険」だったのかもしれない……そう思うと、今となっては少し微笑ましくも感じられます。
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。